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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)1169号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

三信商事株式会社

右代理人

磯村義利

外一名

被控訴人(附帯控訴人)

バカンダス・ムクラージ・ジャベリー

右代理人

糸賀昭

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、被控訴人(附帯控訴人)の第一次請求についての本件附帯控訴を却下する。

三、被控訴人(附帯控訴人)の第二次請求についての附帯控訴に基づき、原判決主文第四項中被控訴人(附帯控訴人)と控訴人(附帯被控訴人)とに関する部分を取り消す。

控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、昭和三七年二月一三日から昭和四一年三月三一日まで一ケ月七万円、同年四月一日から昭和四四年六月四日まで一ケ月七万七、〇〇〇円、同月五日から原判決添付物件目録(一)(二)記載の建物を収去して同目録(三)記載の土地明渡しずみまで一ケ月九万一、〇〇〇円の各割合による金員および右各金員に対する各当該月の翌月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

四、被控訴人(附帯控訴人)の当審において追加した訴えを却下する。

五、控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、附帯控訴の請求に係る訴訟費用は第一、二審を通じ、これを五分し、その一を被控訴人(附帯控訴人)のその余を控訴人(附帯被控訴人)の各負担とする。

六、この判決は主文第三項の金員の支払いを命ずる部分に限り仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

第一控訴人の本案前の抗弁について

控訴人は、被控訴人はその第一次請求についての附帯控訴権を放棄したから、右請求についての附帯控訴は不適法であると主張するので、まずこの点について判断する。昭和四四年一〇月一七日午前一〇時の当審第二回口頭弁論期日に被控訴代理人馬場正夫が原審で棄却された第一次請求については附帯控訴をしない、附帯控訴は(第二次請求の)損害金の請求についてのみなす旨の陳述をなしたこと(右陳述をなしたことは当事者間に争いがない。)は、本件記録上明らかである。そして右陳述は、被控訴人の第一次請求を棄却した原判決主文第一項に対する附帯控訴権を放棄する旨の申述を当裁判所に対してなしたものと解せられるから、被控訴人はもはや右趣旨の附帯控訴をなしえないものといわねばならない。被控訴人は、右申述は、被控訴本人と被控訴代理人間の意思の疎通の不徹底、相互誤解によるものであつて被控訴人の真意に反するものであるから、これを撤回すると主張するが、仮りに右申述が被控訴人の真意に反するところがあるとしても、後記のとおり被控訴人を適法に代理して附帯控訴権を放棄しうる権限を有する被控訴人の訴訟代理人弁護士馬場正夫によつてなされた以上かかる事実は右放棄の効力を左右しえないものといわねばならない。即ち、附帯控訴権の放棄は、一の訴訟行為であり、訴訟代理人によつてなされうるものであるが、ただそれについては訴訟代理人に特別授権を得ることを要するか否かについては訴訟法上明文の規定はないけれども、事柄の訴訟当事者本人に及ぼす利害関係の重大さは、民事訴訟法第八一条第二項掲記の訴の取下、請求の放棄、控訴上告又はその取下等に比すべきものであるから、これらに準じて附帯控訴権の放棄についても特別の授権を要するものと解するのが相当であるが、すでに右訴の取下、請求の放棄、控訴上告又はその取下等について特別の授権がある場合には、そのほかにとくに附帯控訴権の放棄そのものを目的とした特別の授権を必要とすることなく、前者の授権のなかに当然附帯控訴権の放棄の権限も包含されているものと解するのが相当である。本件記録の被控訴人から馬場弁護士に対する委任状をみるに、その委任事項中には、「請求の抛棄、認諾」「反訴控訴上告又は其の取下及び訴の取下」とあり、これらの事項については特別の授権があることが明らかであるから、右馬場弁護士には被控訴人のため附帯控訴権放棄の権限があるものというべきである。さらに右馬場弁護士に前記申述に際して被控訴人本人の真意の認識に関し錯誤があつたとしても、附帯控訴権の放棄は、効果意思を内容とし、訴訟法がその効果意思に即応する法効果を附与する訴訟行為であつて、訴訟法には民法におけるが如き錯誤についての効果規定が存しないばかりでなく、訴訟行為は、連鎖する訴訟手続の一環を組成するものであるから、訴訟手続の安定の要求から表示の外観を尊重し、当事者の内心の錯誤は、詐欺、強迫等罰すべき他人の行為を除いては、原則として、訴訟行為の適法性、有効性に影響を及ぼさないと解するを相当とし、本件の場合かかる格別の事情は認められない。従つて馬場弁護士において附帯控訴権を放棄する意思をもつて適法にこれを表示した以上、その表示の動機、目的の如何を問うことなく本件附帯控訴権放棄の申述はこれを無効のものとなすことはできず、従つて又後日これを撤回できないことはいうまでもない。

してみれば被控訴人の第一次請求についての本件附帯控訴は、右有効に附帯控訴権が放棄された後になされたものであるから、不適法でありかつその欠缺は補正しえないこと明らかであるから、これを却下すべきである。《後略》

(石田哲一 小林定人 関口文吉)

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